委員長と広報のしゃべり場-Vol.2-

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~「不完全なことに落ち着く私たち」と「完全でないことに傷つく私たち」の話。~

 

は: みっちゃん(佐藤)は、『自分の不完全性』に救いを見出すタイプかな?

さ: あー、そうかもね。あなたは不完全だけど、それを受け入れましょう、って言われると癒される。
でも逆に「主に在って完全になりなさい」みたいなことを言われると、戸惑っちゃう。

は: わかるわー。
でも、不完全なのは問題じゃない、っていう話でもないのかな。
例えばだけどさ、自分が決断したことが、実際に命にかかわるような問題を左右するとすると、そこは「不完全な自分」を悔いるわけじゃない?

さ: そうだねぇー・・・難しいね。
たとえば「礼拝を守る」ことだって、礼拝来なかったからもうクリスチャン失格、ってわけじゃないけど、「別に礼拝守らなくていいよ」って大っぴらにも言うのも気が引けて。
そういうことを考えると、安易な言葉って選べないな、って。

は: 牧師についてもそうなのかな。「牧師の資質は、人が決めるんじゃない」って言う人もいるけど、そこまで言い切っちゃうと「そうだっけ?」ってなっちゃう。
批判すること自体が間違ってるって言われると、黙るしかなくなるっていうかさ。

さ: 努力は出来るもんね。教会員も牧師も。

は: 信仰に対する意欲について努力は出来ないし「授かったもの」という気持ちしか持てないけど、その気持ちをどう表現するか、については話し合う余地があると思うんだ。

なんか、こういう話をするときに「信仰」とか「愛」っていう言葉を使うことに、限界を感じてもいるんだよ。

さ: あやふやな言葉に色々ぶっ込みすぎだよね。(笑)

は: いやぁ、ぶっ込んじゃうんだよねぇ。(笑)
しかも、その言葉を出した途端に、反対意見を言いにくい雰囲気になるというか。
なんかそういう「なんとなく」の雰囲気にやられて教会に行かなくなる人もいる気がする。

さ: 教会に行く理由が、「礼拝を大事にしなさい」「神様を愛しなさい」って言われてるからだと、そういう言葉のあやふやさがどうしてもしんどくなっちゃうと思う。

は: 礼拝をするって事と、教会に行くってことが同じ事なら、特にね。

さ: 教会がしんどいときって礼拝終わったらすぐ帰りたくなる。

は: うん。わかる。

(続く)

 

 

☆テーマソングの発表と早割参加者の発表☆

こんにちは!とうとう全国青年大会まであと1か月となりました。

今年の青年大会にはテーマソングがあります!
動画の設定で、字幕をオンにすると歌詞が出てきます。
https://www.youtube.com/watch?v=Xzobw_EbvUU

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人はなぜ脅迫的な宗教にハマるのか。
『何をすればいいのか分からない』『こんな自分は生きていていいの?』という不安があるからなのか。

イェスは、まさにそんな不安を取り除くためにこの世に生まれてきたのではないか。
ただただ神を賛美し、小さくされた人々、赦されない人々に伴ったのがイェスという人ではなかったか。
そして彼はまさしくその生き様を理由に、十字架にかけられたのではないか。

そんな想いで、この曲が作られました。

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先週の日曜日が早割申し込みの締め切りでしたが、29名の申し込みがありました!ありがとうございます。
例年、早割を実施してもここまで多くの申し込みがあることはないので、スタッフみんなで喜んでます!

参加申し込み自体の〆切は7月31日です。
楽しくてタメになる学びができるように、そしてたくさんの方と分かち合いが持てるように、スタッフ一同祈って準備してます。
「どうしようかな」と悩んでる方、「騙された」と思って参加してみてはいかがですか?
参加を決めてる方も、友達と一緒に来たらもっと楽しいですよ~。お誘いあわせください。

毎日暑いですが、みなさんの健康が守られますように。
広報 原口 (市川八幡ch)

委員長と広報のしゃべり場-Vol.1-

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今回の青年大会をテーマに、委員長の佐藤みちこさんと対談をしました。
準備している私たちの気持ちが少しでも皆さんと共有できたらいいな、と思います。
どうぞご一読ください!

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佐藤(さ) 原口(は)

は:「大会まで、あと何日」って数えてると早いよねぇ。

さ:そうだねー。

は:今回の「カルト宗教ってなぁに?」というテーマ。
かなりチャレンジなテーマになりましたが。

さ:そうですねー。

は:不安はありますか?

さ:不安は・・・あんまりないかな。

は:ほぅ。

さ:もちろん、興味ない人は無いだろうし、「超面白そう」っていう人もいるだろうし、二極化しちゃうかもな、とは思うし、参加者少ないかもな~、っていう気持ちはあるけど、逆に「本気さが伝わるテーマ」かな、とは思う。

は:そうだね。「なんとなく」で選べるテーマではないね。

さ:難しいテーマだけど、だからこそ深い話が出来るんじゃないかな、って。

は:みっちゃん(佐藤)はさ、このテーマ設定の中心には何があるんだと思う?

さ:んー、自分のなかでそこまで突き詰められてないけど、一言でいうなら「出会い」かな。

は:出会い?

さ:まず、自分にとって「カルト宗教」っていうのが全然身近じゃなかったから、まずはそこに出会ってみようっていう気持ちで、テーマとして押し出された、っていう気持ちがすごいある。・・・カルト宗教について学ぶ事から、んじゃぁ自分たちの宗教はなんなんだろう、自分たちはなんなんだろう、っていうことを考えたいな。

は:なるほどねぇ。
・・・人によっては、自分の信じているのは宗教なのかな、って思う人もいると思うのよ。
なんて言ったらいいんだろう。(笑) 分かる?

さ:うーん。外から見たら、あるいは社会的に見たら「キリスト教」っていうのは宗教なんだけど、自分たちとして信じてるのは「神様」なんだ、っていうこと?

は:それ。
なんなんだろうね、この感覚っていうのは。

さ:この間、友だちに「キリスト教って排他的になっちゃいけないんだけど、結局排他的だよね」って言われちゃって、自分の信仰を守るうえで他の宗教との違いは言わないといけないから、結局排他的なんじゃないかな、って。
そう言えば確かにそうなんだけど・・・それってどうなんだろう、って思った。わたしはキリスト教を信じてるけど、だからって他の宗教は全部だめってわけじゃないし、宗教で誰かを否定することなんてできないし、しちゃいけないと思うし。

は:キリスト教は排他的な宗教ですか?っていうのは、大きなテーマだね。

さ:そうあって欲しくないな、と思う。

は:絶対的なものはそもそも無いって話ではないよね。自分が信じてることのなかに譲れないものはあるんだけど、前には出したくないってことかな。

さ:うん、そうじゃないと「自分が正しい」ってなって、周りの人を否定することになっちゃう。

は:なるほど。「自分が信じているものが正しい」っていう話が、いつの間にか「自分が正しい」っていう話にすり替わっちゃうってことかな。

さ:そういうことかなぁ。でも、そうあって欲しくないなぁと思う。

(次号に続く)